ウンベラータを買ったのは1年前。

その日は、雨上がりに綺麗な虹が出た。それだけは、はっきりと覚えている。




シブヤディビジョンにある小さなアパートは当然ながら広いとはいえない。それ故、殺風景な部屋には女子らしい可愛いものなんてない。

...ああ、やっぱり嘘。

可愛いの象徴が存在していた。
女子らしいとは言えないけれど。


「名前〜!水持ってきたよ〜」


ほら、噂をすればなんとやら。小さなジョウロを手に持った乱数が、溢れんばかりの笑顔を浮かべながらベランダに近づいてくる。どう?私の彼氏、悔しいくらい可愛いでしょう?


「名前のほうが断然可愛いよ〜?」
「......え?」
「ん?」
「私、口に出してた?」
「出してないよ?名前は分かりやすいから、何考えてるかバレバレだよ〜」


私の隣に座り込んだ乱数が小さく首を傾けて、顔を覗きこんでくる。透き通った瞳が楽しそうに揺れているものだから、どうにも体中の神経が騒ぎ出す。どくり、どくりと。


「...名前〜、見惚れすぎ、」


「本当、名前は可愛いね」なんて言いながら、小さく瞳を細めた乱数が私の頬にゆっくりと手を添えた。それと同時に熱を持つ頬。しかし、それに相反するよう、彼の綺麗な指先は冷たかった。


「あっ、乱数...指先冷たくなってる。ごめんね...。水汲みしてくれてありがとう」
「え〜?気にしなくても大丈夫だよ?ね、ね、今日は僕が水をあげてもいい?」


もちろん断る理由なんてない。むしろウンベラータのお世話を手伝わせて申し訳ないくらいだ。こくり、こくりと首を縦に振れば、乱数は嬉しそうに微笑んだ。

そうして小さな観葉植物に向き合った乱数は、手に持っていたジョウロをゆっくり傾けた。朝の光に反射して、キラキラ輝きながら落ちていく水滴は何処か見覚えがあるもので...目を奪われてしまった。



ああ、そうだ。
このウンベラータを買った日と同じなんだ。



「ね...乱数、」
「なあに?」
「大気工学現象って知ってる?」
「大気工学現象?」
「うん。光が大気差に浮遊する水滴の中を透過するときに、反射と屈折をすることで...って、興味ないか。いきなりごめんね」


キョトンとした彼の表情が視界に入り、慌てて話を止めた。いきなり大気工学現象とか言われても意味が分からないだろうし、彼の興味を引けるとも思わない。楽しい事が大好きな乱数にとっては退屈このうえないだろう。せっかく一緒に過ごせるのに...。後悔の念からか、自然と視線が下がりそうになったとき、乱数がゆっくりと口を開いた。


「ん〜と、つまりこう言う事だよね?」
「え?」
「ほらほら!名前も見てっ!」


彼の予想外の言葉に、俯きかけていた顔が思わず上がる。にっこりと笑みを浮かべる彼が指差す先には、水を浴びているウンベラータ。そこには、掌に収まってしまいそうなほど小さな七色の虹が浮かんでいた。


「...!!あっ、うん!そう!!虹のことなの!大気工学現象!」
「やった!正解だね〜!

名前...気に入ってくれた...?」


少し低くなった彼の声。その甘い声色にくらりと脳内が揺れるのを耐えつつ、小さく頷いた。そんな私の様子を見ていた乱数は、優しく瞳を細め、ゆっくりと口を開いた。


「名前と出会った日も、虹が出てたね」







ウンベラータを買ったのは1年前。

乱数と出会った、思い出の日。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -